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*成程、これは嫌だな。

俺は、テーブルに積まれた色とりどりの包装紙と、その菓子共を貰って喜んでいる金髪の少女を遠目から眺める。

今はリヴォルトとお喋りしているそいつは、赤いチョコレートの小箱を抱き締めていた。

 

 

「わあ! リヴォルトさん、このチョコレート凄く美味しそうですねぇ!」

 

 

円形の小箱をしげしげと眺め、ラビエールはそんなことを言った。

リヴォルトは苦笑する。

 

 

「既製品で悪ィな。あのマフィンのお返しにしちゃあ、情緒がねえんだが…」

 

「そんなことありません!」

 

 

ラビはふにゃりと笑った。

 

 

「気持ちが嬉しいんですよ。それに、とってもとっても可愛いです~……赤いチェックにこの形…はうう!」

 

 

何やらラビの好みだったらしく、ラビの顔は幸せそうだ。

 

何というか、面白くない。

 

俺は書類を積み重ねながら、苛々と資料を手に取った。

リヴォルトの感心したような声が耳に入る。

 

 

「しっかし、随分と貰ってんのなお嬢ちゃん。これ全部Requiem本社の奴からか??」

 

 

それは俺も気になっていた。

ちらと一瞥すれば、ラビはテーブル上の箱達を指差して口を開いた。

 

 

「これが麻桐さん。これがクロガネ君。それからこの可愛いのがむっちゃんとイリスちゃんからいただきました。それから、これらがRequiemの社員さんから……でも、名前を見てもどなたからなのかよくわからないんですよね。麻桐さんがしっかりと調べてくださったものらしいのですが。折角くださったものだから、お礼を言いたいんですけど、顔知らないので……うーん、困りました」

 

 

困っていても嬉しさを隠しきれないのか、少女の表情は明るい。

こいつ、甘いものには目がねぇからな。

溜め息をついて、書類を紐で括った。

面白くない。

リヴォルトが可笑しそうに笑った。

 

 

「そーかそーか、良かったな。でも、食べ過ぎて腹壊しちゃ駄目だぜ、お嬢ちゃん?」

 

「そっ、そぉですねっ! 気をつけないと!」

 

 

勢い込んで頷いた後、ラビはうっとりと箱達を眺めた。

そんな顔すんなよ。

俺は書類を抱えて立ち上がる。

 

そんな笑顔、誰にでも振り撒くなよ、面白くない。

 

耐えられなくて、部屋を出た。

子供っぽいことくらい、知っている。

この気持ちは、この痛みは、この不満は、如何すれば消えてくれるのか。

俺には、よくわからなかった。

書類を処理して廊下に出ると、俺は煙草を咥えた。

歩きながら火をつけて、ベランダの柵越しに香港の街を見下ろす。

煙と一緒に不満げな吐息を吐き出せば見える、青い空。

 

煙ごと、この気持ちが消えれば良い。

 

 

(…あいつがバレンタインにあんな顔した理由が、今さらわかった)

 

 

確かに、渡す相手が既にたくさんの菓子に囲まれていたら、嫌な気分にもなるわな。

ま、バレンタインのあの量は異常過ぎたが。

ラビエールが貰っていたくらいが普通なのであって、しかし。

早々にちびた煙草の吸殻を指で弾き、新しい1本を咥えた。

そういや麻桐が、ラビの隠れファンがちらほらいますから、なんて言っていた気がする。

無防備にあんな笑顔振り撒くからだ。

 

だから心配なのに。

 

 

(……って、一体何が心配なんだ…??)

 

 

俺は肺を煙で満たしながら、はたと思う。

どうして不安なんだ。

あいつが誰かから好かれることが、如何して心配なんだ。

誰かと話すあいつが、誰かに微笑むあいつが。

 

 

(俺じゃない、誰かに)

 

 

ふっと吐き出したもやもやした気持ちが、そのまま煙になっているような気がした。

この胸を突く寂しさは、いつから俺の中に住みついたのだろう。

 

わかってる。

わかっているんだ、自分の立場くらい。

 

あいつと俺は、そもそも違う。

何もかも異なっていて、そして、いつかは別々の世界で暮らすんだろう。

 

ぎり、と歯を食い縛って、俺はまだ長い煙草を握り潰して捨てた。

 

苛々が抜けない。

面白くない。

 

 

「イーヴィルさん」

 

 

真後ろでそんな声がして、どきりとした。

 

 

「な、…ラビ、驚かせんじゃねえよ」

 

 

ばくばく跳ねる心臓を押さえて、俺は深呼吸した。

まるで気配がなかった。

否、俺が心中を乱していて気づかなかった、が正解か。

金髪の少女は不思議そうな顔をしたものの、俺を見上げ無邪気に笑った。

 

 

「お仕事、お疲れ様です」

 

「あー」

 

 

俺は投げ遣りに返事をして、香港の街を眺めた。

ラビもとことこと俺の隣に来て、ベランダから高層ビル共を見下ろし、嘆息した。

少女が手ぶらなのを横目で見やり、訝った。

 

 

「リヴォルトは如何した?」

 

 

ラビは目を細めて応じた。

 

 

「リヴォルトさんなら、帰りましたよう? 何やら慌てた様子で」

 

「…集会サボって何やってんだろうな、あの駄目ボス」

 

 

俺は呆れた。

ふふふとラビが笑った。

風に揺れる金色が眩しい。

 

 

「でも、良い人ですよね」

 

 

街を眺める少女の瞳は、太陽光を映して橙色に見えた。

俺は柵に腕を乗せ、顎をつけて唸った。

 

 

「てめぇは誰だって『良い人』なんだから……」

 

 

恨み言をぼやいても、鈍いこいつは「ふぇ??」と首を傾げるばかりだ。

俺は、俺を見上げる相手にぼやいた。

 

 

「如何やったら、てめぇの『良い人』以上になれるんだか。疑問だな」

 

 

そもそも、こいつの中に『良い人』以上の枠が、果たして存在するのか。

こいつの友達が言っていたその特別枠には、ひとりの名前しかない気がして、怖いのだ。

きょとんとしたラビエールは、不意に破顔した。

 

 

「あはっ」

 

「?」

 

 

思わず顔を上げると、ラビはころころ笑っていた。

俺は戸惑う。

 

 

「何だよ??」

 

「あはは! ははははは!」

 

 

聞いても笑い続ける相手の、意味がわからねぇ。

 

 

「おい、ラビエール」

 

「ふふ、ごっ、ごめんなさ…あはは」

 

「謝ったって笑ってんじゃねえか。何が可笑しい」

 

 

半ば呆れれば、ラビは笑い涙を拭って言った。

 

 

「だっ、だって、今日のイーヴィルさん変。迷子みたいな、不安そうな顔してそんなこと言うんですもん…ふっ、……ふふふ、何だか可愛いです~」

 

 

ラビの言葉に、かあっと頬が火照るのを感じた。

俺は、そんな顔をしていたのだろうか。

想像しただけで、恥ずかし過ぎる。

そんなつもりはなかっただけに、無意識の自分が恨めしく思えた。

恥ずかしさに耐え兼ねて再び腕に顎を乗せ、街の方へ顔を背けた。

 

 

「揶揄うな」

 

 

熱い顔を隠すように冷静な声を装えば、隣で慌てた相手の声が響いた。

 

 

「あっ、お、怒らないでください! 悪気はなくてですね……えっと、…えっと親近感が湧いたと言いますか、凄い新鮮で…」

 

「俺が可愛かった、と」

 

「あっ、あのあのあの…」

 

 

言い募れば、ラビはわたわたし出した。

俺が怒るわけもないのに、こいつは俺の行動に一喜一憂するのだ。

本当、人に影響を受ける奴だ。

 

 

(ま、それはお互い様か)

 

 

いつの間にか、俺もこいつの行動に一喜一憂するようになっていた。

こいつと関わって、俺は随分と変わってしまったような気がする。

変えたのはこいつだ。

 

熱が引いたので、ラビの方を向いた。

相手は、大きな瞳で不安げに俺の顔を窺っている。

ラビはおどおどと言った。

 

 

「怒ってますか…?」

 

 

俺はふっと息をついて答えた。

 

 

「全然」

 

 

案の定、ぱあっと少女の顔が輝いた。

ほっとしたように、ラビは息をついて胸を撫で下ろした。

 

わかり易過ぎる。

 

俺はそんな様子を眺め、柵から腕をどかした。

こいつの素直さが、少し羨ましい。

俺もこいつみたいになれたら楽になるのだろうか、なんて戯言が頭をかすめた。

こいつみたいに弱かったら。

 

こいつみたいに強かったら、なんて。

 

安堵する少女に、言ってみた。

 

 

「なあ、ラビ」

 

 

ラビエールは、ん、と首を傾げた。

 

 

「はい、何でしょう??」

 

 

俺は風に揺れる彼女の金髪と、その隙間から見え隠れする大きな薄青い瞳を見て、口を開く。

 

 

「そんな迷子みたいな俺の不安を、解消してくれねぇか?」

 

 

 

真っ白な日

(君が嬉しそうな顔をして)

(受け取った青い箱)