目を離して、私は隣の男の人に笑いかけた。
「着きました! 此処の桜餅が凄ーく美味しいんですよう」
緑髪の男の人は、しげしげと古風な看板を見上げる。
「京都の銘菓、ってとこですかねぇ。しかし、よくもまあそんな情報を見つけてきますよね、ラビ」
入り組んだ道を振り返り、私は店の佇まいへ目を向けた。
「お菓子のネットワークですね」
「可笑しなネットワークですか」
私達は顔を見合わせて笑った。
桜餅とお茶を注文して、店先の赤い腰掛けに座ると、ふわりと柔らかな風が頬を撫でた。
真っ青な空に、桜色の雨が降る。
思いきり外を堪能していると、麻桐さんがくすりと笑った。
「急に連れ出してしまったのでお疲れかと思いましたが、そうでもなさそうですね」
私は、麻桐さんの赤縁眼鏡の奥を見て頷く。
「はいっ! まだまだ元気いっぱいですよ!」
「それはそれは。若さとは、良いものですねぇ」
並べられた湯呑みを取って、彼はお茶をすすった。
私は首を傾げた。
「麻桐さんだって、若いです」
そう言えば、麻桐さんは声を立てて笑った。
「そう見えます??」
麻桐さんの笑顔も、風に揺れる緑髪も、日の下できらきら輝いていた。
頷いたものの、少し不安になって聞いた。
「あっ、でもわざわざ付き合わせてしまって……たくさん歩き回りましたよね? すみません……」
私と彼は、年が10違う。
ひょっとして、疲れているのかもしれない。
そんなことが頭をよぎった時、麻桐さんは悪戯っぽく言った。
「おや、ラビ。今、僕のことオッサンだと思いました?」
「お、思ってませんっ! 断じて思ってませんすみません!」
即、平謝りした。
いつも思うけどこの人、読心術でも持っているのだろうか。
この人にだけは、何があっても絶対に逆らっちゃいけないと常々感じた。
人間とは思えないような勘の鋭さを持ち合わせた仮上司は、やっぱりにこにこしながら桜餅をひとつ頬張った。
「ふむ、中の餡が良く利いていますね。水が良いからでしょうか、生地の食感と風味が絶妙ですよ、ラビ」
言いながら流れるように口の端の餡を拭い、再びお茶を含む相手の横顔に、思わず見惚れた。
何と言えば良いのか、麻桐さんの動作はいつも綺麗で、つい目で追ってしまう。
そんな中、麻桐さんはきょとんと隣の私を見下ろして首を傾げた。
「如何しました?」
「えっ!? あ、いやその…」
見惚れていたなんて気づかれたらからかわれるから、私は慌ててお茶に口をつけた。
少し後悔した。
「あちッ」
予想以上に熱いお茶にそんな声をあげれば、麻桐さんはくすくすと声を漏らした。
「ラビはそそっかしいですねぇ」
反論の仕様もなく、あわあわと桜餅を口に含んでいると、麻桐さんの声が耳元でした。
囁くように、彼は言う。
「一体、何をそんなに慌てているのやら」
ふわりと鼓膜を震わす声に顔を上げると、間近で不敵に口角を上げる彼がいた。
自分の顔が熱くなるのを感じた。
嗚呼、本当この人には敵わない。
私の考えなんて、きっと彼には筒抜けなんだと思う。
こくんと喉を鳴らして、私は目を泳がせた。
「うう」
唸ると、麻桐さんは微かに笑い、またひとつ桜餅を取って言った。
「京都にはたくさん美味しいお菓子がありますから、ゆっくり回っていきましょう。どのみち午後まで、イーヴィルは戻ってきませんからねぇ。付き合いますよ」
意外な気持ちで、麻桐さんを見上げた。
「えっ、一緒に回ってくださるんですか? てっきり私、もう宿に戻らなくちゃいけないかと」
私の言葉は途中でかき消えた。
麻桐さんの指が、私の口に桜餅を含ませたのだ。
ふわ、と甘い味が鼻に抜ける。
麻桐さんは穏やかな声で言った。
「宿に籠ったのでは、貴女を連れて来た意味がないでしょう。普段から、外へ気軽に出してあげられないのです。今、思いきり外を堪能しても、ばちは当たりません。たまには、我が儘を言ってくれても良いのですよ??」
むぐと桜餅を咀嚼して、私は麻桐さんを窺い見る。
何故私を連れ出してくれたのか、少しだけわかったような気がした。
恥ずかしくて、でも麻桐さんの気持ちが嬉しくて、少しでも良いから時間が止まってくれたら良いのにと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えまして……」
私の言葉に、相手の笑みが深くなったような気がした。
甘党少女と桜餅
(あんみつ屋さんに行っても良いですか)
(わざわざ一番距離のある店を選んだのは)
(憧れのこの人と、少しでも長く居たいから)
春ですね(・ω・)
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